昭和56年10月16日 秋季大祭



 四神様のお言葉だったでしょうかね。有難き勿体なき恐れおおきという、そんな有難さというものはどんな場合であっても、有難いという答えが出ると言う事だと思うんです。私は今日は朝からとにかく、手ば上げられんごときついんです。一生懸命ですきついけれどもね、きついけれども有難いです。もう足が上がらんようにきつい、けれどもやっぱ有難いんです。だからやっぱ有難いというのはね、自分の身体の調子の良か時とか、自分の都合の良か時だけ有難いというのは。
 信心でいう有難きじゃないと言う事が分かります。ですからねお互いその有難し、本当の意味において、真に有難しという心を、まぁ求めて行く訳ですけれども。中々その手立てがね。さぁ一生懸命参ったから、拝んだからだけでは、四神様じゃないけれども、信心せよと言うとすぐに拝み出しますわいと仰っておられます。拝む事が信心のように勿論拝む事は大切です。お願いする事も大切です。
 けれども一番大切なのは、真に有難いという心。まぁお道の信心で言うなら和らぎ喜ぶ心和賀心。和賀心を目指させて貰う。その和賀心を頂く事の為の精進。しかもその和賀心というのは、今も申しますように有難いという心が内容である。有難いという心が内容でありますから、どんな場合であっても自分の心が和らぎ喜んでおれれる。はぁ本当に自分の心が穏やかで、信心ちゃ有難いなぁと思うておるから。
 和らぎ喜ぶ心のように思うておるけれども、ひとたび何かがあったり起こったり、自分に都合の悪い事があったりすると、もうその和らぎの心も喜びの心も、有難いと思うておった心も、何処にか失せてしまうと言う様な事ではね。だから本当の有難いじゃない。そこをやはり稽古に稽古を、やっぱり続けて行く。私は今舞をそこの袖から見せて頂いておりましたが、この前ここの婦人大会がございました時に、余興に私の方の孫が五歳になります。今、幼稚園に行ってます。
 それが今度新しい御装束が出来ました、それを着て舞いましたが、もう私も驚いてしまいました。まぁだ五つの小さい子供がね。チャットその扇の使い方から、足の踏みいわゆる楽に合わせて、舞い終わってみんな拍手喝采を頂きましたんですけども、結局やっぱり手をとって教えて貰う。あれは我流では行きませんからね。我流というか、ね。無茶苦茶では行きませんから、どうでもそういうその小さい舞一つでも、教えを受けて習わせて貰うと、まぁだ五つの子供がちゃんと。
 皆さんに見て貰うて、拍手喝采を受けられるような舞が舞えれると言う事。だから信心の稽古と言う事を仰せられますが、もう稽古せん者にはね、あのただ参りよる拝みよるという、もう日参が一生続いたと言ったって、大したおかげは受けてないというのがありますよね。矢張り稽古しないから。ただ参る事が稽古のように思うて、拝む事だけが信心。拝みが大変上手になると言った様なものではないです。どこまでもいわゆる私が申しますように、どんなにきつかっても有難い。
 どんな所に置いておっても、和の心喜びの心というものが消えないという。いわゆる不壊のものであるという。そういう心を目指させて貰うと言う事。やっぱりとてもそげなこつが出来るもんかと思いますでしょう。けれども稽古をすると出来るから不思議なんです。これは私が小学校の五、六年生の頃だったでしょうか。私はもう有名なこの霜やけが手にも足にもいっぱい出来るんです耳も。もうそりゃ本当にひどいまぁだ今でも、ここに大きな傷が残っておるようなんですけれども。
 けどもある元旦祭の時でございましたがね。あの講堂に入る前にこう廊下にずらぁっと、並んで上の手に並んでるんです。それを向こうの方から走って来た友人が、バーンと私の方に突き当たるようにして走ってきた、時に私の足にその霜焼けの所を、嫌というほど踏んだんです。こん畜生ち言うてからもう、手を振り上げようと言う様な気持だったですけど、そん時私の頭の中にひらめいたものです。それは私の母の父であります、この浮羽郡の麦尾と云う所が、母の里で御座いますが。
 爺がこの人は本当に生き仏様ちゃ、こげな人じゃろうかと思うくらいに、まぁ仏教に帰依した方でしたが。私どもが参りましてもね。総いっちゃんもう喧嘩どんしてはならんぞち、こげな風ないいかとをしよりました。私が、総一郎と言いますからね。総いっちゃん総いっちゃんとこう言いました。総いっちゃん、もう喧嘩どんしちゃならんぞと。いっちょどんくらせられたっちゃ、あのなまんだぶ、なまんだぶなまんだぶち言うと、良うなるち言いよりました。ね。
 いっちょどんくらせられたっちゃというのは、ここの言葉で分からん方があるかも知れませんけれども。一つぐらい叩かれてもと言う事です。ね。そん時に私がね手を振り上げた、そしてねその事が頭に閃いてなまんだぶ、なまんだぶなまんだぶち言うて、あの申しました事を覚えております。そしたらまぁ訳は分からん涙がこぼれてしようがなかった。こら私が確か小学校の五、六年生の頃だったと思う。
 ですから本当言うなら、痛い所を踏まれたりして、叩き返そうごとあったり、痛かったりするのだけれども、それが痛いという腹立ちでもなからなければ、悲しみでもない。何か訳は分からんけれども、なまんだぶなまんだぶ、なまんだぶと、こう言うておるうちにです。私の心の中にまぁ今から思うとあれは有難いという心じゃ、本当の意味においての有難いという心じゃないだろうか。
 やっぱ子供の時からそんな稽古してるです。信心の情操と言う事が言われますが、矢張り子供の時からそういうね、信心っさせて頂く者の家庭の中には、そういう情操がね、なからなければならないと思うんです。これはもうこちらへ参りまして十四、五年も前だったでしょう。もう来年が十五年ですから。学院に私が行かねばならんというので、まぁ行く事に決まっておりました。それで時計を買わなければ、まぁ不自由だからと言うので。それから、田主丸にある方から交渉して頂いて。
 まぁ一番良い時計の確実な時計をと言うて、買うためにまぁだその頃私は自転車で行きよった。久富繁雄さんと二人で自転車で参りました。そして私には一つの目的があったんです。というのは田主丸に、この下田主丸の出はずれの田んぼの中に、確かじょうよう寺と言ったでしょうか。これが私の母の里の頼み寺でございました。そこの総代を長年しておった爺が。それがある時私の母が、里歩きさせて頂いた訳でしょうね。
 覚えませんけれども。そして確か昼も何か御用で、総代が出ておって、お寺さんから帰ってきてまた近所隣り中のものを、つめがえ誘い合うて、今日はどっか偉いお客様が見えておられて、良いお話があるという。それからそのお話を聞きに行くというのでございます。そこん所前後をこう覚えませんけれども。確か私は雨ふりで、少し風が吹いておりました。それで母の背中におんぶされて参ったんですけれども、そん時の行く道に、お寺さんが、もうすぐそこに見えておるという。
 ちょっと手前の所に、雨風に叩かれるというか、棕櫚の植え込みがずうっとあった。それがね、丁度私がおんぶしておる、ここん所へ棕櫚の木があった、あんまりカタカタ言うのかどうか知らんけれども、私の耳に残っておるのはその棕櫚の木が、カタカタカタと何とも変な音に聞こえてくるんです。私は母の背中でぞくぞくしながら、有難いものを感じた事がございました。それで向こうへ行ってどういうお話を聞いたか分からんのですけど、それが非常にありありと頭に残っておりますから。
 果たしてあれは本当であっただろうか。一遍そのお寺さんに行って、確かめてみたいと思いましたから、繁雄さんを伴うてそのぜんじょう寺へ初めて、それこそ何十年ぶりに五、六十年ぶり訪ねた訳です。所がもう私がその時分にあった、その面影というのは全然なくて、もうお寺さんまでずうっと、アスファルトになってました。はぁ確かこの辺に藪があって、こうじゃったがと思うけれども、藪も何にもない立派に開けていた。所がね納骨堂が出来てる大きな。
 その納骨堂の前に、それこそ二間もあろうかと思うような、棕櫚の木がどっからか移植してきたという風にして、ずらぁっとその前に植えてあった。恐らく今でもあると思うです。そしてそん時に私が思ったんですけれども。ははぁあそこの棕櫚の木を、ここへ持って来なさったなと、私の小さい思い記憶を裏付けてくれたような感じがして、有難いと思うた事がございますけれどもです。ね。
 これはね今から考えますと、それこそ何ち言うかな、まぁ宗教画か何かに見るような、雰囲気と味わいを、私は子供の時に感じました。寒に入りますと、お寺さんのお坊さんたちが、まぁいうなら、沢山寒に凍りついた道をね、カラコロぼくりの音をさせながら、寒念仏というのに廻られます。それをこう島から被るのが、こうやって廻ってくると、島の方からこう来ると、もうそれが音が聞こえてくる。そす婆の背中に乗って、いくらかのお布施を紙に包んで、婆が私に持たせておる。
 それで島の方から椛目の方へ、ずうっとあの、南無阿弥陀仏の寒念仏の鐘と声を聞いてね。その婆の背中の中でそれこそ、何ともかんとも言えん。私はあぁいう情操がいわば、信心の情操だという風に思うんです。そういうものがやっぱ長ずるに従って、こうおかげを頂いてきたように思います。如何にその家庭の中の信心というものが、教えるとかこうじゃなくて、そういう雰囲気がね、私は大事だと。そういう雰囲気というのは、ほんなら、私の今の爺じゃないですけれども、大根の虫も殺しませんでした。
 裏にに川が流れて、そこにお経を上げて流す。生けあげがありますと、魚は片っ端からこうやって、放生して廻る。だからもう池尻さんがたん、池さえ手伝いに来とる人達が、もう楽しみがないち言う。だけれども、こりゃまた買うてから、(?)でん、魚でん(?)でんち言うごたる風で、とにかくその生き物を哀れむというかね。放生する。もうそれが信心だとこう信心の、まぁいうならば、芯所というものを踏んまえての、婆と二人の生活でしたが、細々と百姓してましたが、もう本当に今から思うてみて有難い。
 いうならば信心生活とは、ああいうもんであろうという風に、今から思います。これも、私が椛目で人が助かりだした頃でございました。田主丸のまだか町と言う所から、もうお爺さんは九十幾つという、お婆さんが八十ぐらいな、老夫婦でお参りして見える。それでその、私はその時に初めて、私の爺が池尻作太郎と言いよりましたが、そのもう一つ上、私のひい爺に当たる、佐久衛門という方がおってあった。
 その佐久衛門さん。それで椛目で人がどんどん助かりよるげなが、いっちょ参ってみろうと思うが、元軌道の通りよって停留しよった、停車しよった真ん前に、森尾から鶴しゃんという人が嫁っとってあったが、あそこの近所のち聞いたげな。何のじゃろうかい、その鶴しゃん方たいち。ほんなら鶴しゃんのご主人のち、いいや鶴しゃんの息子さんち。私の母が、鶴代と言いよりましたから。そんなら人が助かるよというて、参ってきましたと言いました。どう言う事かというと。
 いうならばそん爺とか私のその、ひい爺なんかのあり方というものが、まぁいうならば仏教に帰依しきった、まぁいうならば仏様のように言われた生活をしてきておった。そういういうならば雰囲気というか、情操が子に孫に、そして私どもが、たまたましかいかんのだけれども、やはりそうであった。今でもまぁだ残ってますが、あのお参りしますと、私が一番に爺にせがむのは、仏壇の引き出しから、こんな厚い、親鸞聖人様のやどちがございます。
 でそれをこう開いて裏に、ずうっと説明が書いてあるのを、爺が読んでくれる。いわゆる紙芝居のようなもの。それで私はそれを聞くのが楽しみであったし、また爺と婆がご仏前で、長々とお経をあげておると、そのお経でも何でも、半ば覚えておりました。お互いしっかり信心をさせて頂くならば、そういう有難い信心生活が出来るおかげを頂く。ね。子供にでも孫にでも、言わなければ伝えなければ、この頃信心の継承と言った様な事が言われますけれども、ね。
 いわば継承する。ね。今朝から私譲る、信心を譲ると言う事を聞いて頂いたんです。四十四節です。狐狸でさえ死したる後、神にまつられるのを喜ぶというではないか。まして人間万物の霊長が死したる後、神にまつられ神になる事を楽しみに信心せよと。金光様のご信心の特異性というか、もうあの前代未聞と言った様に、私は表現をするんですけれども。かってこういう宗教があっただろうか。人間が神にまつられるとか、人間が神になるとか、ね。この方の事を生神生神というが、この方だけではない。
 皆んなもその通りのおかげが受けられる。この方がおかげの受け初めであってと教えておられます。そのこれが生神の芽でもあろうかと思うような心が、芽生えてくる。それを育てると言う事が信心なんだ。参る事拝む事も大切ですけれども、いうなら信心。そこん所を私は思うんですけれども。合楽理念はもう本当に、微に入り細にわたり、しかも私の体験を通して、和賀心になる事のための信心修業。
 本当にどんな場合であっても、答えは有難いというまぁ今日の、私の一日のようにですね。朝からきつい。きついけれども何とも言えん、その何というでしょうかねこういう、きつさを味あわなければ分からんと思うような有難さが、またそれとは、別の所から湧いて来る様に頂けれる。そういう私は有難いであって、いうならば、真に有難しと言う事ではなかろうか。そういう真に有難しという心をもって稽古をする。
 今取り外しておりますけれども、私の控えに三代金光様のお書き下げを頂いておる。それには、ひらがなで「しんじんのけいこ」と書いておられます。もうその前に座るたんべんに、どんな場合であってもその事柄、その問題をもって稽古させて頂くんだと、こう思うと心が晴れます。だから私どもの生活のすべてが、信心の稽古でなからなければならない。おかげば頂かんならんから、こういうそらね、やっぱりおかげを受ける訳ですよね。今日も宮崎の方から参っておられる方でね。
 ある教会で熱心に、お母さんは、総代を長年なさっておる。大変熱心だ。それに近所からお参りを、合楽にお参りになってこられる方の話を聞いて、私もぜひ一遍お参りをしたいと、念願しておられた所が、病気で倒れられた。八十何歳でそん時参って見えた時に、川副さんという方のお導き。川副さんから聞いた話なんですけれども。医者はもう二、三日の命だとこう言う。それでもまぁ自分がお参りをしたいという、その一念をね息子に託して、その息子に参って貰いたいと言う所で、そのご子息が参って見えた。
 これは二回ほど前の月次祭だったから、一日の月次祭だったでしょうか。ね。この小用が出ないという病気なんです。それでこのまま行ったら、まぁ二、三日の命であろうと言う様な事でした。だから周囲の者も心配する。看護婦さんなんかも、非常に心配をされると看護婦さんを捕まえて、そのお婆ちゃんが言われる事は、心配しなさらんで良かですがち。ちゃんと出らならにゃん時には出ますち。私はその話をその月次祭の時に、みんなに聞いて貰うた。信心させて頂いて、何を信ずるかと。
 信心しよって、どうして、こんな業な病気を患うだろうかじゃなくてです。愈々の時には、神様がおかげを下さるというその確信。その確信が必ずおかげを頂かれるだろうという話を、まぁ一日の月次祭の時させて頂きましたが、今日今朝からお参りになっておられます。おかげでおしっこが出るようになった。それこそ奇跡である。もう本当にどういう場合であってもです。むしろ看護婦さんが慰められるような、有難さという内容をもっておられるお婆ちゃん出会ったと言う事が分かります。
 苦しいですけれども、矢張り有難い。ね。苦しいですけれども、神様を信じて疑わない。そういう信心が育って行く事のための信心をお互い本気でさせて頂きたい。今朝から林という、夫人が熱心に毎朝、朝ご祈念に参って見えられます。息子さんが賢治さんと言います。二、三日前からなんというですかね。暴走族あれとは違うとです。あの単車の、愛好グループのようなものがあって、全国的に何か良か役をしておるそうですが。この頃からも、そういうグループの方達と一緒に、宮崎の方へ旅行した単車で。
 行きがけに何時もお母さんが、お神様にお礼させて頂きよるか、御神米持って行きようるかと何時も言う。ところが今度ばっかりは申しませんでした。そして賢治さん合楽理念で行かんの、合楽理念を持って行かんのと言うた。それを帰ってきてから賢治君が、お母さんに言うのに、ぼくはあん時何かドシーンとするものを感じたよお母さん。それで単車で走りよっても行きよってもです。どこへおってもこういう場合は、合楽理念を持ってするならばという思いで行ったら、僕だけではない。
 そのみんなのグループ、全部の者がもう、ただびっくりするような、それこそみんなで万歳と、言わにゃおれないようなおかげを、頂き続けて帰ってきたという。もうそれこそ涙をこぼして、感動しながらお母さんに話したという話を、今朝からお届けがありました。今朝から昨日の朝じゃったか知らん。ね。合楽理念というのは、そんなに重みのあるものである。どこがそんなに重みを感じさせたのだろうか。とにか土曜、日曜を利用して行くのですから。あの油を売りよるとこは、どこも閉まっておる。
 それもどうでもと言う所まで行った時の、そこのまぁ心やすい女の方かなんかでしょう。そこをもう無理言うて、起こして入れて貰いなさる所へ、ちょうど行き合わせた。それからもついでにこうして入れて貰うたとか。もう一番ありがたかった事は、その宮崎の山の中に入ったみんなが。ところが単車のどこか、こう折れたらいかん所がある。その心棒が折れる。折れかかっとるから、まぁ注意して行きよったけれども、とうとう山頂で折れてしまった。さぁどうするかと、みんなが言うておる時に。
 下からトラックが登ってきた。その山に仕事に来ているのか、建設会社か何かだったらしい。そしてみんなでたぼだぼしよると、降りてきてからあんたどんふが良かったばいち、私はその溶接の機械を乗せとるから、してあげようち言うてその機械を出してね、まぁしてくれた。こんな山の中でこう言う所で、そういうわざわざその溶接の機械を持ってね、人が電話して、来て貰うというならともかくも、そこん所へちょうど来合せて。もうそれこそ、みんなで万歳を唱えたと言う。
 やっぱもう本当に金光様、有難うございますで、感動したと言う様な話がね、ずうっと始めから最後まで続いておった。ここは合楽理念を持ってする。何々は合楽理念を持ってする外はなしと、こういう風に申しますけれども。合楽理念というのが、そういういうならば、何というでしょうかね。教祖のご信心の、いうならば真髄を今の時代、現代の人にも分かりやすく、説きそして明かしてあるのが、合楽理念だと思います。
 私は昨日一昨日、竹内正教先生が、先だってから、先生達の同期の本部の方で、一夜信心実習のようなのがあった。そん時にこっからも三、四人、同期の人がありますから、やらせて頂いた時に、当時教学所の現在、所長になられたと言う事ですが、合楽にもいっぺん、お話に見えた事がありますよね。福島という先生。その福島という先生の長々とした講義を、まぁ受けた訳ですけれども。
 それが今度本部から、私が頂いて帰りましたご本、読信読む信という、ご本の中にもう随分長いお話が掲載されております。それをあまりにも素晴らしいから、親先生ちょっと読んで差し上げましょうち言うて、読んでくれました。もう始めから最後まで、皆さんにも是非いっぺん、読んで貰いたいと思う。もう教祖の神様のご信心とはかくあるべきだかくなんだ。ここまで教祖の神様のご信心を深めて頂いておられる人は、またとあるだろうか。この方は、不思議な、不思議なと言うが。
 教学者の他の本というのは、絶対読まない人らしいですね。教祖のその事だけに焦点を置いて勉強なさる。初めから最後まで、本当に今のように教祖金光大神が、今のようにもし申しますならば、合楽理念に私が説いておると、同じことを仰るだろうと言う様な事の内容が、いっぱい出ております。それこそ合楽理念の重みを感じましたね、それを聞いて。ね。二、三日前、「げんきょう」という、北九州のお道の信心で、ここだけでしょうね、「げんきょう」という小さい雑誌が出ております。
 そこの記者と写真版の人が、二人泊まりがけで、二日間にわたって、記事をとりに来ました。それでまぁ失礼な事をお伺いしますけれどもと言うて、たんべんに言われる。それは、どう言う事かというと、合楽はもう本当に、評判が悪いですわと。どういうとこにその評判の悪い元があるでしょうか、という訳なんですよね。それはねみんなが知らんのですよ。誤解なんですよ。分かっていないんですよ。
 だからその方達がもし悪口を言うておる人達が知ったら、その誤解が解けた時には、その方達も一段と信心が進む事で、喜ばれる事だろうと思いますと。悪口を言われておるというのは、それは誤解なんですよ。だから誤解が解けた時には、今までの信心よりも、一段と垢ぬけた信心に、必ずなられる事を信じておりますし、また悪口が大きければ、また痛い思いをすればするほど、合楽は、段々、このようにゴヒレイを頂いておりますから、悪口も、また歓迎というような感じですよち。
 もう先生あなたのように仰るなら、もうそうですねと言うて、一日二日居る間にですね。いうならば、合楽の信心が、何かこう、有難いものに触れられたという感じでした。そして、私の言う事をいちいち合点されながら、今度「げんきょう」に、どういう風に記事が載ってくるか分かりませんけれども。もう一つあの失礼ですけど、お尋ねしていいですかというてまぁいうなら突っ込んだ。
 とにかくあの神様からお知らせを頂くと言う様な事は、もう教祖ご一代と言う様な風に聞いとりますが、先生の所で神様もうここでお話を頂いた。神様からこう頂いたああ頂いた。しかも若い人達がね、少年少女会の人達までが、神様を頂くと言う様なお話ですけれども。どう言う事でしょうかと。そらあぁた金光大神の手代わりをするけん頂くくさいち、私が言いました。ね。金光大神の手代わりもう同根心が。
 それを自分流我流に自分でひねりまわした信心ではなくて、何処までも私の場合は、教祖生神金光大神の御教えを、私が行じて実験実証してそしてそれを表しそれを皆さんに聞いて頂くのじゃから、こげん間違いのない話がない。本当の事には、絶対本当なおかげが伴うんだというのが、私のまぁ持論なんですけれどもね。これはそれでも今朝からあたりの御理解を頂いておると限りがない。
 昨日あたりからご神前に出ると、とにかく何かもやもやしたような感じで頂く事の中にね。目の見えない歌手の方がおりましょうが。「奥飛騨慕情」か何かという歌を歌う。なかなか、しみじみとした歌を歌ってますね。その奥飛騨慕情、奥飛騨慕情と言う事を頂くんです。どう言う事じゃろうかと思うたら、朝の御祈念にまた頂くから、分からせて頂いた事は、ははぁこら奥飛騨慕情じゃなくて奥金光、金光道というもう一つ奥、そのまぁいっちょ奥側から、また奥側を目指させて頂くと言う事が、お道の信心である。ですからいわゆる慕情である。募ってくるその情というものがです、ね。もう慕わしゅうて慕わしゅうて、その情念を持って神様へ向こうて行く。神様へのいうならば動燃心である。しかもこれは限りがない。もう奥の奥の信心が、体得できる事のためにも。
今日私はその事をね、今日の四十四節の事から申しました事でした。四十四と言うと何かこう、縁起でもない感じなんだけれども、これは延々と言う風に頂くと素晴らしい。だからしみじみの生き方のすべてがです。どんな場合であっても、私が子供の時に感じた、それこそ足を嫌と言うほどに踏まれた時にです。いわゆる教えられた事が頭に閃いて、なまんだぶなまんだぶ、なまんだぶと私が唱えた。
 確かに訳は分からんけれども、腹の立つとか悲しいからとかという涙ではない涙がね、こぼれた事を私は今もはっきり記憶しておるのですけれども。教祖様はそこの所を一生が修行じゃと。どういう修行かと。もう一生そうにゃ朝参りも続けなさった。そうにゃ御用もしなさった。まぁそういう修行が一生続くと言う事も尊いけれども、それにおかげが徳が力が伴わなかったら、可笑しい。ね。
 いわゆる四神様じゃないけれども、信心しよるというと、すぐ拝み出しますわいという信心になるのじゃないでしょうか。信心しようと言う事は、自分の心に取り組めよと。本気で和賀心を磨けよ。その和賀心にならせて頂き、いわゆる真に有難いを目指させて貰うという事なんだよと。教えておられるのですけども、中々またそれを実際に、こういう心の状態になって、和の心は生まれるんだ、喜びの賀の心が生まれるんだと。
 信心が有難いというのはこういう信心に、修業させて貰わなければならないんだという風に、やっぱ教えて貰う人がなからねばならない。ね。一生が修行で本当に、ただ苦労の喜びであったというのではね。私はこれは可笑しい。教祖様が仰るのは丁度、学者が年をとっても、メガネをかけて、本を読むようなものであろうぞいと言われる様な修行でなからなけりゃいけない。ね。
 学者がメガネをかけて、いうならばはぁこん歳になってから、メガネでもかけてから、本読まにゃんちゃまぁ何と術ない事だろうかという学者はおらん思わん。それこそ学識が愈々、広がって行く、これを学徳というのであろうかという徳を、身に受けて行く事を楽しませて貰う、喜ばせて貰う所に、限りない勉強がある訳です。信心もそうです。信心すれば一年一年有難うなってくると仰せられる。信心は一年一年位がつくものじゃとも仰せられる。ははぁ有難うなると言う事は、こう言う事だと。
 去年よりも今年というように。またこれが位というものでもあろうかと思われるようなものを感じるから、ね。修行が、愈々楽しゅうなる。それこそ金光道という道があるなら、その奥側へ奥側へと進んでいくことが楽しみでたまらん。それがあの世までも続いて行くという信心なんです。だから焦点をね、ただ毎朝朝参りをすればよいというこっで、焦点をどこに置くかと。そこん所を私は、合楽の勉強する方達に。
 もうこの頃御本部参拝の時に、ちょうどあそこは泉南か大阪のね。泉南教会のご長男と、ぱったり私の若先生が同期なんです学院が。それでもう呼び止めてもう会いたいと思うておったと言うて、合楽のおかげの泉の愛読者なんです。けれども大坪君僕は初めて、この頃分かった事があるち。というてまぁ席は設けんだったけれどもぎりぎりの信心を、お互い話よったと言う事でしたけれども。信心はもう結局本心の玉を磨く事だねと、こう言うたげな。ね。うちの親先生もそげん言いよりなさる。
 信心とは日々の改まりが大事であり、本心の玉を磨く事が大事だと。そうだよと本心の玉を磨く。もう本当にここに極まったと。所がね燃えるような信心をすれば、その心が清められたり磨かれたりするかという事を教えてくれる人がなかった。所が段々この頃繰り返し、繰り返しおかげの泉を読ませて頂いておったら、結局合楽理念に基づく言うなら、成り行きを尊ばせて貰う。土の心でと言った様な、そういう修行をさせて頂いておったら、いつの間にか心が、清まって行く、磨かれて行く事になるんだ。
 びっくりするほど最近感じるんだという話を聞いて来とりました。ね。信心はもうこれなんだ、ここに極まったんだ。そんならどげな風にして磨くか、どげな風にしたらその、清めて行くかというその手立てがね、合楽理念には、まぁ、あらゆる角度から説かれてあるけれども。その中でも、天地日月の心になる事肝要だと教えられるような。ここが天の心で、ここが地の心で受けぬかにゃん。
 ここはきついけれども、日月の心の実意丁寧神信心を続けて行かなければならんという様に、その事に取り組んで精進をする、その事に取り組んで稽古をすると言う事なんです。娘の子供でもあぁいう舞が、ほんならリズムに乗って、舞う事が出来るように。天地のリズムを感じるようになり、リズムに乗ってそれこそ痛いことも、苦しいことも感じるのですから、そこに何とも言えない、リズム音と言うか、ね。天地のリズムに乗っての事ですから、痛いです苦しいです。
 叩かれりゃ痛い腹がせくと、やっぱ腹が痛い頭が痛いするです。けれどもね、リズムを分かるようになる、聞けれるようになるその手立てが、合楽で説かれる、天地日月の心であり成り行きを尊ぶのであり、愈々土の心に徹するということだ。ね。そこにいわば天地の中、天地日月の心いわゆる、天地の心を心とする。それはもちろん、間が幸せになるという事においての、小さい観点からの天地ですよ。天地はもう極まりがない、限りがない、大きいこと偉大な事。
 どれぐらい天地が考えておられるか、それも分からんのである。ね。私が頂くところによると、もう地球は、死相が現れたと仰る。寒天危地なんだ。寒い天、寒い地危うい地。ね。それを歓天喜地。歓びの天喜びの地にしていけれる信心は、教祖金光大神の信心。それこそ、和賀心時代を愈々、広げて行くという手立て。ほかにはもう絶対ないです。地球のいうなら死相。人間でもそうでしょう。
 さきほど、宮崎のその何ていうお婆ちゃんがならそのもう二、三日と言われるような病気をする.それがおしっこが出るようになってから、段々おかげを受けておられるというようにね。いうなら死相が現れておるようなものでも、よみがえらせるだけの働きがあるのが、金光教なんです。ですから、地球に死相が現れておるけれども、ここに私がここに、それを聞かせて貰うてその事が、ささやかな祈りだけれども、一生懸命に願う。天地がよみがえってくるような、それこそ寒天危地、皮膚に粟粒を感じるような。
 まぁ本当考えてみるとそうですよね。本当に現代の地球というものは、何時どうなるやら分からないような、危機の状態にあるんだと言う事。それを歓びの天喜びの地、人間が、本当に喜びあい合楽し合うて行けれる、合楽世界の顕現と言う事にです。する手立ては、もう、教祖金光大神の御教えによる外には無い。その御教えとても大変な難しい事である。それをほんなら現代の皆様も、分かろうと思うと、言うなら無学の者でも、いうならば、まぁ馬鹿でも、ちょいでもと言う事になる。
 昨日一昨日の十三日会の時に、秋永文雄先生が発表しておりましたが、まぁあるご祈念させて貰いよったら、金鳥蚊取り線香を頂いたげな。ね。蚊取り線香というのは、あれは左巻き。だからこれはもう愈々、馬鹿になる事ばいな、阿呆になる事ばいの。所が私が馬鹿になっときゃいいたい、阿呆になっときゃええ、これじゃいかん。これにはやっぱり火が灯らなければ、いうならわずらわしい蚊も落ちませんとじゃ。
 馬鹿と阿呆で道を開けと仰せられるが、そう言う事に徹するそんなら、どういう手立てを持ってという時に、ほんなら、ここは土の心を持ってと言う事になったらね。いうならば土の心になると言う事は、それだけ天地の親様の心の中に入っていけると。同質のものになると言う事なんです。天地人一如と言う事になるのです。教祖はそこん所は、この方の祈る所は、天地金乃神と同根なり、と言われておる。だからあれは教祖金光大神の専売特許じゃなくてね。
 それこそ生神とは、誰でもがなれれると仰るように、そういう天地と同根と思われるような心の状態が開けてくるのは、天地と一緒にならなければいけない。天の心とか地の心という、出来なくてもまぁせめて、ほんなら大地の心土の心から行こうと。そしてもう土の心に徹すると言う事。もうこの頃からある方が参ってきてから、息子さんが高校卒業していわゆる、思春期に入ってる訳です。
 それでおしゃれをしとる。どうもその妙な洋服を着たりしたりする訳です。それで親先生、こげなときたっちゃ黙って治めにゃいかんでしょうかち言うから。あんたが良かごったい。(笑)あたいがたみゅごとし、あんた、そげな、黙って治めるごとしよるのち。あんた何時も言うように、こういう御用も頂きたい、こういうおかげも頂きたいち言いよろがて。ね。本当に大きなおかげを頂きたいと思うならば、大きな心にならせて頂く稽古をせじゃこて。ね。
 それこそ一人で自分で出来るようなおかげを頂く事の為には、心を込めなければならんばい、豊かにならなければならんばい。それこそ息子が家にゃ良い肥料を持ってきてくれておるようなもんだから、ね。それを、ほんなら黙って頂くことによって、いやが上にも、心が豊かにもなる大きくもなる。初めて豊かないわゆる、一家中のものまで、おかげの受けられると言う事だから。はぁもうこげなだけじゃ、黙って治めよるごたる、まるきり私がために、黙って治めよるごたる。(笑)ね。
 目に見えるおかげ頂きたいと願ってるんだから。そうしてね今申しますように、本当にリズムに乗った生活というものが、こんなにも尊いもんだ、有難いもんだと、と言う事をです。自分の周辺、家庭の中にも、自分の周辺にも、表して行くと言う事。私は、そういう、雰囲気の中にですね、子供に孫に信心の、いうなら信心の情操の中に、子供を育てさせて頂けれるおかげが受けられると思う。合楽にご縁を頂いたと言う事は、合楽で勉強する、合楽理念の法則というものをです。
 皆さんが本当にどっしりと言う様な感じで受け止められるようにならなければね、折角合楽にご縁を頂いた、いわゆる金光様のご信心をを頂いた値打ちはない。ただ参っとります、拝がんどりますと。私はその「げんきょう」の記者の方にいうたように。誤解ですよ、分からんとですよ、分からずにおるとですよと。だからその誤解が解けた時には、はぁそうじゃったか。してみると合楽で言うてる事が本当だなと言う事が分かったら、一段と、信心も進むだけではなく、おかげもそれについてくるだろう。
 と言う様にね。愈々そういう信心をお互いが、銘々が頂かなければならぬ。合楽にご縁を頂いておる人達の、一人一人が、そういうおかげを頂いて、始めてそれを、人にも伝えて行く事も出来るのです。合楽には、こんな本をいっぱい読んで、こんなに間違いなくて、教祖金光大神の教えの、いうならば、真髄を現代の人に分かるように説いてあるのが、合楽理念ですよと、教えてやっても、ほんならその教えを頂いておるあなたが、どげな風なおかげを頂いとるですかち、言われてももう答えられん。ね。
 そして私を見て下さい。かくおかげを受けられる。一週間ばっかり前にビリグイから、この御大祭のお初穂を送ってきました。二百数十名のお初穂を。もう本当に私どもこちらから思うて、まぁ本当だろうかと思われるような、やはりおかげをみんなが受けておる。百年祭にはあちらから、団体参拝すると言っております。それこそ言葉も通じん。昨日も、その事が話に出たんですけれども、現地のその記者の方が、言葉も分からんでどういう。だから御本部でね、もう絶対例えばビリグイと言う所には。
 皆あそこで百姓でもして、そして五年十年たって言葉でも覚えて、ぼちぼち布教せにゃ。もう普通で行ける所じゃないと、まぁ本部で言われたんです。私はそんなことはないです。言葉は分からんでも人は助かる、というのは、私の生き方ですけれども。その生き方でまぁいわば行って、第一ビリグイと言う所に、宗教者として入れると言う事は、もう絶対出来ないというものです。その絶対に入れん所に、それこそ宗教者として堂々と渡れる手立てがついたんです。
 そういうおかげをふ踏んまえてからの事ですから。矢張り勢いのある布教もできる事でしょうけれども。いわゆる今日の祝詞の中にも申しました、いわゆる海外布教は合楽理念を持ってする外はないと言う様な感を呈しておるとわ。ね。ただ日本人だけが対象じゃない。それこそ天が下のものがみな神の氏子と言われるのは、その天が下の人間をみんな助かって欲しいというのが、神様の願いなんです。ですから日本人だけが助かるじゃなくて、縁を受けて行く人達が、黒でも白でも黄(きな)でもです。
 助かっていけれるというのは、そのお取次をさせて頂く。例えばビリグイで言うなら末永先生が、合楽理念を持っての布教に立たせて頂いておるからであります。こうなってくる時に、合楽理念云々というものが感じられる訳でございます。色々皆さんがおかげを頂いて、みんなほんなら悪口があったり、おかげがあったりして様々な問題が、まだございますけれども。例えばこの福島という先生が、その特集の中に言っておられるのは、四神様が仰ったという。仏教の敵は僧侶だと。
 金光教の敵は教師だと言わんばかりの事を言うておられます。そもそも、金光大神の信心とは、親からだ。東京行きをしなければならんのに、鹿児島行きをしておるような要素があると言う事。そういういうなら話を、私は一から十まで聞かせて頂いて、もうそれこそ、福島先生が言うておられる、もう始めから一番最後まで、合楽理念をそう言う事で、合わせて行ったら、ぴったりその裏付けが出来るような。
 しかもそこにはおかげという、間違いのない実証を表しながら通るのが合楽理念と分かる時に、初めて合楽理念が素晴らしいというのじゃなくて、重みを頂けるのじゃなかろうかという風に思います。とにかく皆さ、どんな場合であっても、有難いなぁというその、答えの出るような信心をして下さい。それにはやはり稽古です。ね。足を踏まれても痛い思いをしても教えが頭にパット、合楽理念がひらめいてくる。
 金光様金光様金光様と言う時に、それをさせて貰いよったら、それこそありがた涙がこぼれてきたと言う様な信心であって、私は真に有難いというのであり、和賀心にはとは、そういう心を言うのだという風に思うんです。稽古です。そしてそういう心も有難いという、それは雰囲気の中にいわゆる、情操の中にそれが生まれてくる。子供も孫も周囲の人も、その雰囲気に浸らせて頂く事が、いつの間にか有難いものとして行く時にです。いわゆる和賀心時代を、愈々世界万国、津々浦々にというのは。
 いうならばまぁある意味合いで、私は思うんですけれども、教祖金光大神の、世界を包みまわすと仰っておられるお言葉は、まぁある意味合いでね、過去の宗教に対する、何ち言うでしょうか一つの革命ですやっぱり。それでは助からんのだから。難しいことを言っても、どんな難しい事を言ってもそれでは、人間が人間らしゅう助かって行くという手立てじゃないのですから。だからあらゆる宗教が、和賀心を芯に持って来る様な事にならん限りは、いうならば、宗教者同士のあのうと言う事は、不可能です。
 ですからまぁとにかく、金光教が立ち上がるよりほかにない、合楽が立ち上がるよりほかにない。大きな事を言うようですけれども、いうならば和賀心時代を世界万国、津々浦々に、十三日の精神、ね。十三日と言えば、神願成就の日と言われる。今までは、それこそ、世界の悪日のように言われておった、十三日のイメージというのがアップされてくる。放生会と、こんこうりゅうすいのびと、字引きにもありますそうですが、それこそ詫びれば許してやりたいのが親心。
 どんなに罪が深いいうなら、巡りの深いものでも、本気で本当のお詫びが出来る時に、そこには、それこそ霜に煮え湯を消えたように、和賀心という心でそれを消していく事が出来る。放生会もう神様は、どういう罪深いものであっても、助けたいの御一念なんですから。ですからその助けたい御一念と、助かりたいの一念が一つになった時に、私は本当のおかげが受けられる、お徳が受けられると思うんです。ね。
 あぁもうおかげ頂きたい一念で、寝ても覚めても、おかげのことばっかり考えとりますという人がある。神様は助けとうて助けとうてこう、手握ってくれよりなさる。可笑しいじゃないかそれでは。そらそげん筈はなかばいち。そりゃ助けたいというもの、助かりたいというものの、間に何か、邪魔になるものはありはせんか。ね。そこを気づかせて貰うたり、分からせて貰うたりして、ここの邪魔になるものを、取り除かせて貰う所に、助けたいの一念、助かりたいの一念のものが。
 一つになった時に合楽世界があるのだ。神様と氏子がいうならば喜びあい、拝みおうて行けれる生活。それには昨日そのたけとという若い、若先生のその友人であるという人が言ったと言う様に、ね。もうとにかく、金光様のご信心は、本心の玉を磨く以外にない。磨かなければ和賀心も、有難いも生まれてこない。それでもほんなら磨こうと思うけれども、どげんして磨いたら良いか分からない。
 そこに合楽理念を紐解かせて頂いたら、こういうしかも有難う楽しゅう、愉快にまでなっていけれる道が説いてある。いうならば本心の玉を磨くのは、合楽理念を持ってする外はないという意味の事を、その、浅野先生が言うておられたという事ですが。そこまでの信心を、愈々身につけて行きたい。しかもこれは限りがない。それこそ奥飛騨慕情である。奥の奥の奥側を目指して、求めての信心である。丁度学者がメガネをかけて、本を読むようなもので。
 信心させて頂けば一年一年、有難くなって行く位が付いて行く。その楽しみの、その喜びのもとになるものをまず頂いて、それを育てて行こうと言う事にならなければなりません。私はこの頃随分皆さん、有難い有難いの信心が出来ておられるように、まぁ思われる人があるかも知れませんけれども、そのいうなら軌道には乗った。もうこれを育て抜けば間違いないと言う所までは行っておるけれども。
 まだ大きくも育っても何にもない。十三日会の時に私が、どんなお話させて頂こうかと思って、いろいろあのう寿司屋であのカイワレという、小さい大根の芽のようなのが、こう握ってあるのがありましょうが。カイワレと言う。あれを頂いた。ははぁ私の信心はまぁ今カイワレたばっかりだ。けれども本当なものが、ここにカイワレてきた。だからこれが、育って行く限りこれには大根、あれは大根の白い所ですが、大根になる時大根と言うのは、大きい根と書いてある。
 このカイワレが、大きな大根に育った時に、もう楽しいなぁこれから先、合楽はどういうおかげになって行くだろうかという様な、心がはじけてくるのを禁じ得ません。皆さんもそうです。ね。これを頂いてゆけば、もうこれに極まったと言った様なものを頂いて、それを、信心の芯ともさせて貰うて、ね。限りないいうならば、土壌を募らせて行く信心。信心でも、有難うして楽しゅうして。
 とにかく目をつぶったら、合楽理念のお知らせがちらちらするようなね。皆さんもカイワレを頂かれたら、信心が楽しいものになる、有難いものになる。決して、信心と言うものは、いばらの道を歩く様な、難しいものではない。まぁそういう端的に言えばまずは( ? )ども、本当に楽しゅう愉快に、それこそリズムに乗って、舞いを舞わせて頂く者は、あぁきつかったと言うのじゃなくて、リズムに乗って舞う、そこに舞う者も楽しかろうが、それを見る者も、またリズム感がいうなら心の状態に。
 見る者をしてそういう気持ちが起こってくるように。そりゃもう、信心しなけりゃ馬鹿らしかと言うごつなってくるです。そういう一つおかげを頂いて頂きたい。今日はもう私、きつーして、きつしてたまらんから、もうはぁ今日は若先生、( ? )好きなんですからね、やっぱこうやってお話をし出すときりがなか、と言う様なこっで、ね。とにかくやっぱ好きこそものの上手なれで、やっぱ好きになるまで、稽古させて貰わにゃならんと思うですね。
   どうぞ。